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悪質賃金欠配罪 ―立証困難、未払賃金の過小請求の可能性も―

 使用者が悪質な賃金欠配行為を行い、あらゆる方法を講じて財産を移動して支払い能力が無いものと見せかけ、あまつさえ行方をくらましてしまう。以前は、こうした「悪徳社長」に対して、労働者は仲裁又は訴訟ルートを通じて民事救済を求めるしか方法がなかった。但し、刑法修正案(8)で、初めて「労働報酬支払拒否罪」を規定し、この種の悪質な賃金欠配行為に対して厳しい刑事制裁措施をとることを可能にした。

 5月1日に刑法修正案(8)が施行されて以来、各地で労働報酬支払拒否罪にあたるケースが相次いで多発しているにも関わらず、一部の弁護士からは、新らたな罪名が成立するには労働関係の認定が難しいため、未払賃金の過小請求を強いられることになるのではないかという点を心配していることが明らかとなった。

各地で新らたな罪名に該当するケースが発生
 
10月中旬、浙江省温州市公安局は、10条にわたる治安維持・安定措置を発表し、社長の「逃亡」を厳しく調査し、悪質な賃金欠配等の違法犯罪行為を断固として打ち砕くという方針を打ち出した。従業員の労働報酬の支払いを回避又は支払能力があるにも関わらず労働報酬の支払いを拒否している者に対し、労働保障部門等の政府関連部門を通じて支払い命令を発しても支払わない場合、労働報酬支払拒否罪として立件し、調査・処分を行うこととした。

 最近、銀行が貸し渋りを始め、民間企業の資金繰りが厳しくなったため、温州等の個別地区の企業において資金破綻及び社長が逃走するという現象が発生している。こうした世相を背景に、温州の警察当局が「労働報酬支払拒否罪」の嫌疑によって「逃げ損ない社長」を刑事勾留することは、労働報酬支払拒否罪という新たな罪名が金融リスクを防ぎ、地方の安定を維持するという面で先ず機能したことを意味している。

 温州の「キレイな足跡」という製靴会社の社長は、突然従業員へ「一時休業」を宣告し、翌日に行方をくらませたばかりでなく、工場内の設備も一夜にして消失し、40名余りの従業員の賃金の支払いの見込みが全く無くなった。3日足らずで、この社長は温州鹿城の警察当局に逮捕され、「労働報酬支払拒否罪」の疑いで刑事勾留された。

 これに先立ち、四川、安徽、浙江、広東等の地区では、すでに何件かの類似ケースが発生していた。但し、大部分のケースは公安機関により捜査中か検察機関により勾留され、起訴されている段階であり、裁判所にまで回されて判決を下される段階に入ったものは多くなかった。

 こうしたケースに1つの共通性があることが発見された。それは「逃亡」が刑事司法プロセスが発動される引き金となっていたことである。大多数の社長は、「逃亡」中に警察当局に発見され、なお且つ立件されるか、「逃亡」中に警察当局によって逮捕されている。

給料を欠配したことは即ち悪質賃金欠配罪ではない
 
最近、出稼ぎ農民の賃金を欠配する現象が後を絶たず、社会の関心を寄せている。ビルから飛び降り賃金の支払いを訴えるケース、神様に拝んで賃金の支払いを訴えるケース、自殺未遂を図り賃金の支払いを訴えるケースなどの悲劇が繰り返されており、これは既に社会の調和を脅かす大きな要素となっている。但し、人々の期待とは裏腹に、各地において労働報酬支払拒否罪で立件されるケースは、想像されていたほど多くは無かった。

 これについて、長年労働者の権利及び利益の保護に従事してきた北京義聯労働法援助及び研究センターの黄楽平主任は、以下のように述べている。労働報酬支払拒否罪の成立には、労働関係を明確にし、賃金の欠配行為が客観的に存在することが前提であるが、これらそのものは調査をしなければ明らかにできない内容と言える。

 「我々が扱った賃金支払請求のケースを分析すると、労働関係が不明確な事業者にて賃金未払ケースが多数発生している。従って、労働関係の存在を確定できない場合には、労働報酬支払拒否罪を適用する余地はないということである。」黄楽平氏は、労働者自らが労働関係の存在を証明することは極めて難しく、これが悪質賃金欠配罪の適用されるケースが少ない主な原因であると述べている。

 労働紛争案件の状況から見て、大多数の賃金欠配のケースが発生しているのは建築業、ローエンドサービス業等、労働集約型の労働関係が不明確な業界である。「但し、新らたな罪名は、使用者が更に巧妙な手段を用いて労働関係を解消し、労働報酬支払拒否罪の適用の前提条件を徹底的に排除する可能性がある。」黄楽平氏は、「新らたな罪名が根本的に矛盾を解決できるか否か、真に労働者の合法的な権利及び利益を保護する効果を発揮するようになるか否かについては、依然として注目し続けていく必要がある。」と述べている。

犯罪の認定基準を明確にする必要がある
 
労働報酬支払拒否罪の適用を厳しくするか否かという点で、各地の司法機関の多くが慎重な態度をとっていることが注目されている。特に容疑者の賃金支払いの拒否を認定したことについて、各地で申し合わせたかのように社長の「逃亡」行為を以て、主観的な故意が存在したことを推定する根拠としている。

 北京市西城区人民検察院の董暁華検察官は、労働報酬支払拒否罪と認定する場合、司法機関は労働者の正当な権利及び利益を守るだけでなく、経済活動の持続的な運行を保証するという2つの価値の間でバランスを取らなければならないと考えている。

 「刑法修正案(8)は、罪の認定のフィルター及びバランサーとしての役割を規定している。司法機関はこのバランサーを適切に使用することが極めて大切である。」董暁華氏は、更にこのバランサーとは、労働報酬支払拒否罪の第3項であると述べている。当該条項では、まだ著しく悪い結果を招いておらず、公訴を提起される前に労働者へ労働報酬を支払い、なお且つ法に基づいて相応する賠償責任を果たした場合、処罰を軽減するか或いは免除することができると規定している。

 董暁華氏は、悪質な賃金の欠配が著しく悪い結果を招いているか否かを認定する場合、社会秩序に混乱をもたらすか否か、労働者及びその家庭に挽回不能な損失又は傷痕を残すか否か、悪質な社会的影響を招くか否か等の要素を総合的に踏まえるべきであると主張する。

(法制日報より)

作成日:2011年11月17日